桜の名勝として知られる榴岡公園は、かつて綱村公が枝垂桜、松、楓など千本あまりを植樹し、芝居などが興行された「四民遊学の地」として広く開放されていました。またこの地は、平安の頃はつつじの花の咲き誇る名所として和歌に詠まれ、伊達政宗が築城地の候補地としたと言われ、明治時代には大日本帝国陸軍兵舎など歴史の舞台としての名を残しています。
HISTORY 歴史
榴岡公園を中心に
平安から現在まで
悠久の時を経て歴史に残る地
平安から現在まで
悠久の時を経て歴史に残る地
仙台の公園発祥の地
つつじ
榴岡は平安の頃、つつじの花が咲き誇る名所として遥か京の都までその名が知られていました。美しい風景は歌枕として数々の和歌にも詠まれるほど、都人の憧れの地でもありました。
綱村公の桜
四代藩主綱村公が土民の結縁と遊学のため榴岡に枝垂桜・松・楓など千本余りを植栽し、「四民遊学の地」として広く開放されていました。現在まで続く憩いの場として親しまれています。
噴水彫刻「杜のうた」
幾年月を越え、仙台に在り続ける榴岡公園は、時を過ぎても変わらずに人々に愛されてきた証でもあります。「杜の都」を象徴する場所として、市民に潤いを与え続けています。
仙台市歴史民俗資料館
「歩兵第四連隊兵舎」は、明治に入り建てられました。モダンで瀟洒な洋風の兵舎はまだ一般には珍しく、軍の施設でありながら多くの市民が連日弁当を持って見物に訪れました。
◇上記の内容・写真は分譲当時のパンフレットに記載されている内容を基に掲載しております。
◇掲載の参考写真、参考イラスト、概念図については、実際のものとは多少異なります。
◇掲載の参考写真、参考イラスト、概念図については、実際のものとは多少異なります。