HISTORY 歴史
古の時代より豊かな緑を抱き歴史を積み重ねてきた
城南五山のお膝元、武蔵野台地の台地上に
〈ライオンズタワー目黒川〉は位置しています。
城南五山のお膝元、武蔵野台地の台地上に
〈ライオンズタワー目黒川〉は位置しています。
この地に継がれた誇り
都内の高級邸宅地といって、多くの方が思い出すのが「城南五山」。それを形成する「池田山」「島津山」「御殿山」「花房山」「八ッ山」の五つの丘はいずれも江戸時代から大名や武家が下屋敷を構えたり、子爵などが邸宅を構えた地です。また、そのエリアはいずれも品川・五反田エリアの一角に位置し、高級邸宅地としての地位を護り続けてきました。
上皇后階下とも所縁ある「池田山」エリア
江戸時代に備前岡山藩主・池田氏の下屋敷があったことから「池田山」と呼ばれるようになった東五反田4・5丁目付近。日本3大庭園「岡山後楽園」を造った池田氏はここでも回遊のある美しい庭園を造り、現在でも池田山公園としてこの美しい景観を愉しむことができます。また、かつてこのエリアには皇后階下美智子様のご生家があり、その跡地は「ねむの木の庭」と称される公園となっています。
太古からの住宅エリア
皇后も含め、江戸時代から「山の手」と呼ばれる高台は、昔からひとの営みを支えてきた「武蔵野台地」の上に広り、この台地上に〈ライオンズタワー目黒川〉は位置しています。現在、華やかな都市となっている東京や日本橋、京橋一帯は、かつては湿原地で、日比谷公園などは水面下でした。徳川家康の入城により、ようやく整備・埋め立てが行われ、それが現在の湾岸エリアの基盤となり、「山の手」を含めた現在の都心エリアを形成しています。
気高さを継承する地
「城南五山」は、その他の丘も将軍や官爵などを持つ方々と緑深い地で、長い年月を経て高級邸宅地として成熟してきました。そのエリアを身近にして誕生した〈ライオンズタワー目黒川〉。このタワーの現地も柳生家の大名屋敷跡と隣接しており、「旧大和柳生藩柳生家下屋敷跡」として「しながわ観光協会」にも紹介されています。〈ライオンズタワー目黒川〉は、このエリアに漂う、こうした高貴な気風を深く感じることの出来る立地となっています。
◇上記の内容は分譲当時のパンフレットに記載されている内容を基に掲載しております。
◇掲載の参考写真、参考イラスト、概念図については、実際のものとは多少異なります。
◇掲載の参考写真、参考イラスト、概念図については、実際のものとは多少異なります。