「良い維持管理はマンションの価値を上げる」
目次
【1】はじめに
近年、築年数の古いマンションにおいて、住民の高齢化や人件費、修繕費の高騰によって、修繕積立金が不足し、必要な大規模修繕が困難になっていることが話題になっています。また、建て替えが必要になったときに必要な住民合意を得ることが困難になることが、課題としても挙げられています。
一般にマンションの価値は、物理的リスク(耐震性の問題などの災害リスクや土壌汚染などの環境リスク)、法的リスク(違法リスク、規制の変更リスク)、管理運営リスク、市場リスク(市場変動リスク、信用リスク、金利リスク、流動性リスク)によって決まりますが、この中の管理運営リスクは、マンションの価値を決める大きな要素であると言えます。
今まで中古マンションを購入された方は、購入時、管理の良否をどのようにチェックされましたでしょうか。修繕積立金が十分かどうか、修繕履歴はどうか、管理状態が良いか、管理組合は機能しているのか、などを調べるために、組合の管理規則を見て、その実態について詳細にヒアリングされてチェックされましたでしょうか。
管理の専門家ではない限り、掃除、警備、設備管理、衛生管理などの日々のメンテナンス、および外壁や屋上の防水工事などの中長期の大規模修繕が適正に行われているかチェックすることは難しいものです。
日々のメンテナンスでは、実施すべきサービス品質に対して、適切なコスト水準がありますが、実際は、過剰品質に対して過剰コスト(やりすぎ)のケース、過小品質に対して過小コスト(安かろう悪かろう)のケース、一番悪いのは、過小品質に対して過大なコストをかけている場合です。過大品質に対して過小コストの場合もあるかもしれませんが、長続きはしないでしょう。また、大規模修繕では、壊れてから修繕するという、場当たり的な修繕(事後保全)ではなく、計画的に実施(予防保全)されているかどうかが重要です。
これらのコストを適切に管理すれば、建物の建築時から取り壊しまでのライフサイクルコストは適正化され、その耐用年数は伸び、その結果、不動産の価値は上がると言えます。
このような適切な管理を「ライフサイクルマネジメント」と言います。
実際大規模修繕が必要になったときには、適正価格がいくらか、どの業者を選べばよいのかについて悩んでいるマンション管理組合の方々も多いと考えられます。
今回は、このような管理の実態を第三者の目でチェックするための制度として、2年前に始まりました「マンション管理適正評価制度」と「マンションの管理計画認定制度」を紹介します。
【2】マンション管理適正評価制度
(1)概要
マンション管理適正評価制度とは、マンションの管理状態や管理組合運営の状態を専門家が6段階で評価し、それを総会で決議して、管理組合自らインターネットを通じてその評価情報を一般に公開する仕組みです。これまでマンションの管理状態について明確な評価基準がありませんでした。そこで、一般社団法人マンション管理業協会が不動産関連団体と協力して、全国共通の管理に関わる評価基準を策定し、良好な管理が市場で評価される仕組みを2 0 2 2 年4月に創設しました。
2023年12月末現在、2023年4月時点の登録数は1,206件※1でしたが、2023年12月時点の登録数は2,624件※1となっており、登録数はまだ多くはないものの順調に増えています。
今後も登録数は増えていくと想定されます。
※1:出典「マンション管理適正評価制度登録状況等について」 一般社団法人 マンション管理業協会(https://www.kanrikyo.or.jp/news/data/20240216presschousa.pdf) P1マンション管理適正評価制度登録状況
この制度ではマンションの管理状態を5つのカテゴリーに分類し、ソフト面(管理組合の現況など)とハード面(建物/設備の維持管理)の両面から、30項目について評価し、その結果は、「マンション管理適正評価サイト」で公開されます。
この制度により管理組合で行う目標設定や中長期的な管理・運営がしやすくなり、また、管理状態の最新の情報を発信することで、市場での評価が期待でき、不動産としての市場価値を維持しやすくなります。
(2)主なチェック項目
チェック項目は合計100ポイントで評価されます。以下カッコ内は内訳のポイントです。
●管理体制:事業計画、管理規約の有無など(20ポイント)
管理組合の事業計画、重要事項を決する総会の定期開催や、共同生活を円満・円滑にするための管理規約の有無、会計および業務監査機能を強化するための監事を選任しているか。
●建築、設備:マンションを長く使うための維持管理体制(20ポイント)
長期的な修繕工事計画があり、法定点検を基に、建物・設備の経年による機能維持、劣化、汚破損などについて、定期的、継続的な保守点検が行われているか。
●管理組合収支:組合運営のための安定的な財務基盤(40ポイント)
管理費などの確実な徴収があり、マンション内の滞納発生状況と滞納住戸へ適切に対応しているか。長期的な修繕工事の計画に基づいて資金計画を立て、安定的に修繕積立金を徴収し、計画的な修繕工事を実施しているか。
●耐震診断関係:安心して住むために(10ポイント)
耐震診断を実施し、実施後の結果が「問題無し」か、耐震改修工事を実施済か。
●生活関連:快適に住むために(10ポイント)
コミュニティを形成し、居住者名簿の作成や災害時における安否確認体制など、基本的な対策や備えができているか。防災マニュアルを作成し、防災訓練、消防訓練などを実施しているか。
(3)評価の概要
以上の各項目の点数を足した合計点により、6段階で表示します。評価の有効期間は1年間です。
点数はマンション管理のプロフェッショナルである評価者(管理業務主任者またはマンション管理士の資格保有者)が、客観的な調査をもとに算出した数値であり、評価の内容に疑義が生じた場合の通報制度もあります。
2023年12月末現在の評価結果の割合※2は、★5:23%、★4:38%、★3:29%、★2:10%、★1:0%となっています。
※2:出典「マンション管理適正評価制度登録状況等について」 一般社団法人 マンション管理業協会(https://www.kanrikyo.or.jp/news/data/20240216presschousa.pdf) P1マンション管理適正評価制度登録状況
【3】マンションの管理計画認定制度
(1)概要
マンションの管理計画認定制度とは、2022年4月より、マンション管理適正化推進計画を作成した地方公共団体(市区、町村部は都道府県)において、一定の基準を満たすマンションの管理計画が認定される制度です。「マンションの管理計画認定制度」は上記2の「マンション管理適正評価制度」を補完して利用することが可能です。
マンションストック数の多い地域を中心に認定の取得が進んでおり、都道府県別で見ると、神奈川県(52件)が最も多く、次いで東京都(44件)、愛知県(16件)、埼玉県(15件)※3となっています。2023年9月末時点の認定実績は全国で212件※4です。
※3:出典「管理計画認定制度のあり方について」 国土交通省(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001706962.pdf) P8 管理計画認定制度における都道府県別の認定状況
※4:出典「管理計画認定制度のあり方について」 国土交通省(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001706962.pdf) P2 マンションの管理計画認定制度の概要
管理組合による管理の適正化に向けた自主的な取り組みが推進され、市場で高く評価される他、以下のようなメリットが期待されます。
・フラット35およびマンション共用部分リフォーム融資の金利引下げ
・マンション長寿命化促進税制(固定資産税額の減額)の適用(期間:2023年4月1日から2025年3月31日まで)など
(2)認定基準
主な認定基準は以下の通りです。
①修繕その他管理の方法 :長期修繕計画の計画期間が一定期間以上あることなど
②修繕その他の管理に係る資金計画:修繕積立金の平均額が、修繕積立金ガイドラインで示す水準以上など、著しく低額でないことなど
③管理組合の運営状況 :総会を定期的に開催していることなど
④その他:地方公共団体独自の基準に適合していることなど
(注)長期修繕計画の作成の際に、本来必要となる工事が設定されていないことなどにより、大規模修繕工事の実施の際に修繕積立金が不足するマンションが存在しますが、修繕積立金の値上げには困難が伴います。
「段階増額積立方式」では、計画通りに積立金の引き上げが実現されることが適切な修繕工事実施の前提となっていますが、大幅な引き上げが予定されている計画では、予定通りの引き上げができない恐れがあります。
ただし、管理計画認定制度および下記の予備認定制度では、長期修繕計画の期間全体での修繕積立金額の平均額に係る基準を定めており、計画期間を通じた増額幅は基準とされていません。
(3)予備認定制度
新築時点から適正な管理がなされるマンションを市場に供給する観点から、法律に基づく管理計画認定制度の施行と併せ、一定の基準を満たす新築マンションを対象とした認定の仕組みが創設されました。2023年9月末時点の認定実績は928件※5とまだ少ないものの、「マンション適正評価制度」と同様、今後は認定数が増えていくと想定されます。
※5:出典「管理計画認定制度のあり方について」 国土交通省(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001706962.pdf) P13 新築マンションを対象とした認定の仕組み(予備認定)
ここまでみてきた「マンション管理適正評価制度」と「マンションの管理計画認定制度」の違いを表にまとめました。「運営、審査項目、判定、有効期間」は異なりますが、どちらも「マンション管理に関する評価」や「マンション購入時の指標」として活用できる情報といえるでしょう。
【4】おわりに
マンションは一戸建て住宅に比べて構造は堅牢ですが、災害時などにおいては、区分所有者個別の防災対策だけではなく、各区分所有者同士、および地域との連携、共助が必要になるため、管理組合などを通じて、平時からコミュニティを形成し、対策を講じておく必要があります。
マンション管理適正評価制度やマンションの管理計画認定制度は、発足してまだ日が浅いのですが、その備えを第三者が確認する制度であり、不動産評価の参考にもなるものと考えられます。
これらの制度の利用に関わらず、居住しているマンションの安全性を高めその価値を維持、向上させるためには、良質の維持管理を徹底すること、またマンションを購入される場合にも、信頼できる管理会社による管理の良いマンションを選ぶことが求められます。
Writer
村木 信爾 氏
不動産鑑定士、不動産カウンセラー、FRICS、京都大学法学部卒、ワシントン大学MBA。
信託銀行にて、不動産鑑定、仲介等の業務に携わった後、現在、大和不動産鑑定㈱シニアアドバイザー、明治大学ビジネススクール兼任講師(元特任教授)、PROSIL代表。近著に『不動産プロフェッショナル・サービスの理論と実践』(清文社)2022.6刊、がある。